嵐 二宮 和也の性格・人物

嵐で唯一、ソロ写真集が出ている。(「二宮和也写真集 青の炎」)

「初めて会った時からすぐにくっついてくる。そこが今でも変わらない」とメンバーの大野智。大野にとって「ペットみたいでカワイイ」らしい。他のメンバーやファンからも「豆柴犬に似ている」と言われている。
また同じ嵐のメンバーである相葉雅紀には、スヌーピーに似ていると言われた。

ジャニーズ事務所の携帯オフィシャルサイトで、「ゲームニッキ」を日々更新している。ただし、内容はゲームのことのみならず、その日あったことなどを面白おかしく、時に誇大して綴っている。

メンバーから「嵐の中でいちばん子供っぽい」と言われる一方で、「嵐でいちばん繊細なのはニノ。いつも難しいことばかり考えてる」(櫻井)と評される一面も。

蜷川幸雄からは「日本のリバー・フェニックス」と評され、俳優豊川悦司をして「『エデンの東』のジェームズ・ディーンとダブるところがある」と言わしめ、俳優椎名桔平を「二宮君はみずみずしさにあふれていて『太陽を盗んだ男』の沢田研二を彷彿させる」と感嘆せしめた逸話をもつ。

倉本聰からブルーリボンを贈られたこともある。『優しい時間』で共演した寺尾聡と長澤まさみがブルーリボン賞を受賞し、その授賞式当日は「僕はそのころバラエティ番組の収録があって外国でスポーツをやっていたんですよ」。それを聞いた倉本が「お前が取らなくてどうするんだ! 俺がブルーリボンをやるよ」と言い、舞台『理由なき反抗』を見に来た際、本当に、ブルーリボン賞の代わりにブルーのリボンの束を胸ポケットにいれた革ジャンを贈ったという。ちなみにそのリボンは、いつの間にかなくなったと思っていたら二宮の母親が冬物布団を縛るのに使っていたらしい。

映画監督堤幸彦は『理由なき反抗』のパンフレットにて「現在日本の俳優の中で最も信頼のできる俳優さんと言えます」と絶賛。

自分で書いた物語を事務所の人に観てもらったら「面白い」と褒められたとWeb連載のゲームニッキで語っていた。

小・中・高とイジメにあっていた。本人は気にしたことはないらしい。小学校のときは助けてくれる友達もいなかった。高校のとき、学校に行くと上履きの裏が刃物らしきものでズタズタになっていたこともある。(本人談)

高橋克実、大竹しのぶ、勝村政信、阿部寛、東幹久、小泉今日子、杉田かおる、勝地涼などと仲が良い。 二宮の成人式当日には、勝村政信とふたりで焼肉を食べに行き祝ってもらった。
二宮の誕生日に、阿部寛がロケ地の四国から飛行機で駆けつけて祝ってくれたこともある。

ものすごくケチらしい(本人談)。 
また、よく先輩にご飯をおごってもらい帰りのタクシー代までせびるときもある(松本談)。

小泉今日子が賞を受賞したときにも、「(賞金で)おごってよ」と電話でねだったらしい。
Jr.の時に左手の甲の骨を複雑骨折をしているため握力が弱く、コンサート中もマイクを持ち変えるしぐさを頻繁にする(一人だけ、ほとんどの曲でヘッドセットを使用していたツアーも)。そのため「まごまご嵐ボート部」では遊びだとしてもオールを取ろうとせず、「(漕ぎたくても)漕げないんですよ」と述懐。ボートは漕げずとも、与えられたポジション(コックス/舵手)では持ち前の策士ぶりを大いに発揮。周囲を冷静に見つつ適切な指示を出せる所をコーチの西村光氏にも認められる。「作戦とか考えるのが好きだから、(コックスが)向いてたのかもね」とは本人の談。

雑誌で2005年度「ひとりぼっちが好きそうなアイドル」No.1を受賞した。

Gの嵐!で結成されたエアバンドでは松本と共にエアギターを担当する。

優しそうな容姿からは想像もつかないが、ツッコミが激しい一面もある。

また、そういうときの口調は下町っ子そのもので、甲高い声ながら意外に荒い。

その一方で「○○だもん」「○○なの」という口調や仕種が、最近で言う『萌え』キャラであり、荒い口調とのギャップが可愛い。

HEY!HEY!HEY!では一番メンバーを裏切りそうと評された。実際、原宿でカツアゲされていたメンバーに対し完璧に他人の振りをしたらしい。ちなみに裏切られたメンバーは相葉雅紀である。

極端に、省エネ主義なため、無用な争いや、出費はしない主義である。

2006年1月、ドラマの役作りのため、【アイドルの命】とも言われる髪をスキンヘッドにした。
メンバーは、スキンヘッド姿を初めて見た時周りを囲んでカメラで撮影していたらしい。
その様子は櫻井曰く「ちょっとした記者会見」だったそうだ。(櫻井ラジオ談)

ドラマ中行われたメンバーロケの際は二宮が自身で剃れない箇所(後頭部)をメンバーが剃って番組に出るという流れになっていたらしい(櫻井ラジオ談)

病気の役のオファーが多いため体を鍛えたことが無い。本人曰く「間違ったイメージを提供しないため」とのこと。(ラジオ談)

笑うと銀歯が見えてしまうため、時代劇が絶対的に出来ないのだという。(ラジオ談)

クリント・イーストウッド監督作「硫黄島からの手紙(原題:RED SUN BLACK SAND)」にてジャニーズアイドルで初めてハリウッドデビューを果たす。2006年3月13日にアメリカロサンゼルスにてクランクイン。

母親の若いころにとても似ているらしく、Dの嵐の打ち上げの時に、メンバー(櫻井・大野)に画像を送ったとのこと。


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